会社をICT化するということはこういうこと
私の持論というのはもうここ15年近く変わっていない
ICTとは、「時間と距離の概念を飛び越える技術である」ということと、「人はそれでも時間と距離を浪費して人に会いに行く」ということである
技術の進化で人と人が繋がりを持つことが安易になった一方で、やはり人はそれだけでのコミュニケーションに満足できず人に会いたいと思うのだ
さっぱり言ってることがわからないかも知れない
昭和な社長さんが愚痴をこぼす
「うちの社員はずっとパソコンでカタカタやってて無言で何かをやっている、あんなのばかりだから日本がダメになるんだ!」
しかし社長さん、違いますよ
彼が仕事をしているかどうかは置いといて、きっと何かをやっているんです、その何かの向こうには人がいて、その人と何かやりとりをしているのです
これからオフ会をするのか、はたまたオフ会の時の話題で盛り上がっているのか、新しい出会いにワクテカしているのか、何かはわかりませんがコミュニケーションを取っている、またはコミュニケーションの道具を用意しているわけです
つまりダメなのは口を聞いてくれない社員ではなく、その社員とのコミュニケーションを取れていない、もしくは取る必要すら感じられていない社長さんの方だった
なんて話を講演会ですると笑ってすらくれないので困るんですけどね とほほ
プロフィールを見ていただいてもわかりにくいのですが、私は常に情報産業の中におりました
ICTとは何かなんて当たり前すぎて業界のだれも言葉にはしないのですが、我々の仕事というのは「人と人を繋ぐ」ことにあるわけです
通信会社のCMなどではそこをくどいくらい強調されておりますし、皆様漠然とはそこに気付いてはいるし日常的に使ってもいるのだけれど、どうしてもそれを「勉強」だとか「仕事」という非日常になるとぶっ飛んでしまうようです
SNSというのが出てきて、無駄にそれを煽ってはおりますが、元々ICTは一人では成り立たず、発信する人と受ける人、少なくともこの二人は居ないと成り立たないという技術なのはご理解いただけると思うのです
で、あるならばそのICTを利用するための道具であるパソコンやスマートフォンなどを使いこなしている若者を見て、コミュニケーション能力が欠落しているなんて言葉は出てくるはずもなく、逆に言えば彼らのコミュニケーション能力は聖徳太子並に複数人と一斉に情報共有をしていると思わなければならないわけです
まあでも、こんな典型的な昭和社長はなかなか居なくなっちゃいましたけどね
さて、最近問題になるのは就業時間内であってもいろいろな人とコミュニケーションが取れるということです
企業というところは不思議なところで、自分たちが大金を投入してそういった道具を揃えておきながら、今度はそれを規制しろ!というのです、不思議なもんですね
既に多くの職種で、事務所だとか就業時間という概念も壊れておりますが、それを認めようとしないで会社という枠に嵌めたがるんですよね
なぜ時間にしばられなければならないのか?なぜ事務所に行かねばならないのか?
冒頭に書きました、ICT技術とは「時間と距離の概念を越える技術」であるにも関わらず、仕事となると時間と場所に拘束を掛けたがるんです
不思議ですね、おかしいですね
「当然仕事の内容によって事情は変わりますので全部の会社に当てはまることではありません。」
などというと勝手に脳内で「うちはこの例外に当たる方だ。」と理解されるんですね
面白いものです
と、茶化してばかりいてはいけないのでしょうけど、一度深く考えてみてください
どうしても出勤させなきゃいけないのは
・その場所で
・そこにある道具で
・作業をしてもらう
からですよね?
つまりはそうでない部署や社員がどれくらいいるのか、ICT化した方がいいのかわるいのかってだけの簡単なお話です
アナログの人と人の付き合いを私は否定いたしません
ですから毎朝顔をあわせて朝礼をやることも悪いこととは言いませんし、夜みんなで飲みに行くこともどちらかと言えば大好きな方ですから楽しい限りです
会社とは社員になにを期待しているのか、社員は会社に何を期待しているのか
会社は社員に対し様々な投資をして働いてもらい、社員はそれらを使って収益を上げ利益をもたらし給料を取る
難しいようで簡単な関係なのですから今一度根本から考えなおしてもいいのではないでしょうか?
Facebook等SNSを使うリスクとリターンを真面目に書いてみました
IT化と言われ続けてしばし時間は経過する
そもそもIT化と呼ばれる一連の作業がどういうものかと言えば、サーバーでもなんでもいいんだけど、そこにデータを蓄積し、それを人が見ることで共有したと言える環境を創り上げること
例えばファイルサーバーを社内に設置し、日報から見積り、請求書に至るまでファイルサーバー内の共有フォルダに入れなさい!というのも共有化であれば
Facebookを使って業務報告をしなさい、意見交換はFacebookを使って行いますも共有化である
さて、金になる部分の共有化という作業は我々みたいな金にしたい人間が提案するので大体理解をいただいていると思うのだが、金にならない部分も当然同じ道具を使うわけなので共有化されるわけである
インターネット時代の共有化というのは「時間と距離の概念を変える」だけの変化あるモノであります
遠くにいてもどこにいてもそこにアクセスすればデータがあるわけです
SNS時代の現代、社会そのものがネット上に繰り広げられておりますが、その社会そのものが時間と距離の概念を越えてしまったわけなので伝播する速度が格段に上がりました
それを使って告知や宣伝をしたい!と思う人はそれなりにリスクも覚悟の上でしょうからいいのですが、とりあえずやってみようと思った方にはこの日常とは違う「距離感」に戸惑うことでしょう
以前、私は「台風とコロッケの関係」みたいなエントリーをしております、それほど前の記事じゃないのでさかのぼっていただければ結構なのですが
ネット上での人間関係の距離感とは異常なくらいに近いと思っていただければ結構なのです
日常生活であれば一緒にランチをしたり、酒を飲んだりしたときくらいしか情報の共有なんて行わないんですが、最近では電話やメールでっていうこともありますが、それらは時間をかけてゆっくりと波及していくわけですが、インターネットではそんなのを飛び越えるという当たり前の話なのです
ましてや同じ属性同士で集まることの多いSNSでは好奇心の対象となり、うわさ話含めて良かれ悪かれの情報が飛び交います
日常生活ですら飛び交う劣悪なうわさ話が、SNSによってあっという間に同じ属性の方々に共有されるわけです
例えば会社でFacebookを利用していたとして、普段は給湯室などでお局様中心にされているうわさ話があるとします
これでもかなりの速度で、かなりの波及効果があるわけですが(笑)
Facebookを会社で利用していたとして、そのうわさ話を連想させるようなコメントを当該の人がしたら、もうお祭りになるわけです
たとえば「あの人誰々と浮気していて奥さんにバレたみたいよ」などとうわさ話があったとします
Facebookで社内の飲み会のイベント告知があったとして「家庭の都合により帰ります」などとコメントをしたらどうでしょう?
その日の飲み会ではもうその人の浮気話でお祭り騒ぎが起こっていることでしょう
そして人間とは不思議なもので、本人が浮気を認めたわけでもないのに周囲が勝手にそれを事実としてしまい、さらに周囲に波及していくわけです
回りまわって話を聞いた本人は確実に人間不信に陥ることでしょうが、そんなのはネットを使おうが使うまいが狭い社会では起こることなので本人の成長を待つところなのでしょうが、ネットを使うことによりその波及効果の大きさや速度の速さは格段に上がっております
そのことで不快感を感じたことがある方はかなり多いはずですし、だからこそインターネットなんてやらないという方も多いはずですが、我々はお金になる部分しか説明しないため、この手のリスクの部分は結構説明されることが少ないわけです
私個人といたしましては、それこそパソコン通信の時代からインターネットまで、ずっと実名で通しております
都合上ハンドルネームのようなモノをツケられたりはしますが、基本全ては実名顔出しです、なぜならばインターネットを通じて顔と名前を売らなきゃいけない立場だからです
ですから今まで様々なことでこれらのリスクを感じることもありましたが、逆にこれを「話題になってるな、おいしいじゃないか」と思うようにしております
それでも人間ですから、虫の居所が悪い時やどうしても茶化されたくない真面目な話をしているのに茶化されたりされるとイラっときます
覚悟を決めて使っている人間ですらそんなもんなのです
ましてや「Facebookやらないと時代に取り残されるよ?」なんて気軽に始めて、さらに「どうせそんなに友達いないし」なんて感じでいろいろと書いてしまうと恐ろしいことになることがあります
そもそもSNSのソーシャルネットワークとは、社会ネットワーク、つまり一つ以上の共通点を有する人たちの集まり、平たく言うと「内輪話」ってことです
内輪の井戸端会議なんて古今東西性別関係なく仕事の愚痴か人の悪口です、これをさらに集合しなくてもできるツールと言えばお分かりですよね?
どなたも多かれ少なかれやっているしやられていることをネット上で繰り広げる道具なわけなのです
その中には有益な情報だったり相談話もありますが、ほとんどが愚痴と悪口なわけですし、それは人間社会がそうやって成り立っているのでネットを使ったところで変わるわけもなく、さらに多くの人に押し広げていけばいくほどそんな話ばかりになるのは道具が悪いからじゃなくて人間社会そのものがそういうものだからしょうがないってわけです
私の周囲でもFacebookを利用する人が増え、そしてFacebookで嫌な思いをした方々が多くいらっしゃいます
商売に役立てようと思って使っていた人に対しては「そんなもんですがなにか?」と叱咤激励し
そんなはずじゃなかったと思って使っていた人に対しては「やめてもいいんだよ?」と諭しております
なんでもかんでも「やらなきゃいけない!」ってのはおかしいと思い、本来商売的にはおいしいはずのFacebook講座なるものをできるだけ避けておりましたが、最近では逆に積極的に引き受けてこのようなお話をすることにしているのです
Facebookとは昨年講演会などを通じて広く広まった印象を持っております、講師の方々に悪意があったわけじゃないのです、どうしても講演会をやるとなると前向きなタイトルと内容を求められますし、限られた時間内ではとてもじゃないですがリスクの話までには及べないのです
以前からこのようなことはネット上に書いておりましたが、最近やっとこさ聞く耳を持ってもらえる時期がやってきたと感じたので敢えて記事にさせていただいて保存しておきます
人類の叡智が創りだしたものならばうまく使いこなしてこそ人類の進歩です
しかし悲しいかな、どんなに道具が便利になったとしても進歩しないからこそ人類なのかも知れません
だけど私はそういう変わらない人類というのが大好きです
トイレにスマートフォン
かつてお父さんの代名詞と言えばトイレに入る時に新聞紙でした、そして全然出てこないお父さんにいらつくこともしばしば
しかし現代のお父さんはトイレに入る時に何を持って入るのでしょうか?
テレビ欄だけあればOKということであれば新聞なんて見ないでもテレビで番組表が見れるわけで、でも実際に新聞紙面って面白いんですがあまり興味なければ月数千円というのは高いと感じる人も多くなったのかも知れません
他には溜まっていく新聞紙の処理に困るという人もいるのかな?新聞の購読者数は減るばかり
では何でニュースを見ているのか?と言えばインターネットなんですよね
でもさすがにトイレにノートPCは持ち込めない、ということでスマートフォンを持ち込んで中でニュースを見ている人がいるのではないか?と思うわけです
昼食を食べている場所や電車内ではもう圧倒的にスマートフォンを見ている人ばかりです
雑誌や新聞紙が常備されている喫茶店などでもどうでしょう、結構な人数がスマートフォンを見ていることが多いように感じます
実際にはニュースを見るだけでなく、TwitterやFacebookなどで意見交換したり、2chのニュース速報掲示板にて新聞記事に関しての意見を投稿したり見たりもできます
昨年末のデータでは20代男性の40%程度、30代男性の30%以上がスマートフォンユーザーになったとか
となるとトイレに新聞紙ではなく、スマートフォンを持ち込んでいる家庭は少なくないのではないかと推測できるわけです
個人的好奇心の延長線上なので特にそれがそうだったらどうなんだという話ではないのですが、もしそうならば防水仕様のスマートフォンがいいなって、ただそれだけのお話でした
改めてコミュニケーションの深さを思い知る さようなら湘南ゆうじろう
訃報は突然にやってきました
昨年のいつ頃からか人様のツイキャスにて湘南ゆうじろう氏と出会いました
政治(政局ではない)やIT論など、何度かの意見交換の後、私のツイキャスにも遊びに来るようになり、やがてTwitterだけの交流に留まらず、時間が合えばお互いのツイキャスで、Skypeを繋いで、などなどの交流を繰り返し、昨年の六本木忘年会で実に初対面だというのにまったくもって違和感のない、そういう出会いをしてネットコミュニケーションも1つの人のコミュニケーションの形なんだなと確信を深めたのでした
その湘南ゆうじろう氏のFacebook上のログに11月29日、肝硬変で亡くなったとご遺族からのコメントが表示されて慌てふためいたわけです
普段から冗談好きで、どちらかと言えばぶっ飛んだことばかりを発言する方でしたので
「またゆうじが悪い冗談を流してるんだろ。」
なんて心のどこかで信じたくない自分がいたのです
文字情報は時として真偽を測りかねる場合が多いので悪い冗談であって欲しい、バカゆうじめこんなのネタにするんじゃねえよ!ってお返事が返せるものだと信じていたいと思いながら、しかしご遺族の方から書かれた葬儀場に確認したところ確かに彼の通夜、そして葬儀が行われるということを確認して呆然となりました
私はネットジャンキーでもありますが、一方で飲みニケーションの大好きな性格でもあります
人と会ってお話して、その延長線上にネットコミュニケーションがあると思っておりますが、一方で実際に会って話さないと納得の行かない方が多く存在することも十分に承知しております
「結局のところ、お前は昨年1回だけ飲みに行っただけの関係なんだろ?」
確かに実際にお会いして飲んでバカ騒ぎしたのは六本木忘年会だけですが、ほぼ毎日のようにTwitterやSkype、ツイキャスなどでお互い結構深いところで話し合った仲でありましたので突然の訃報にはまったくもって不意打ちを食らった感じで呆然としてしまったわけです
彼の最後のTwitterのログは11月24日、私のツイキャス上にて
オイラ嫁が超美人なのでいいです♪ ( @magurofx マグロ48 http://moi.st/2eb927 )
ゆうじです ( @magurofx マグロ48 http://moi.st/2eb927 )
と発言したのが最後になっております
そういえば昨年、体の調子が良くないだのという話をちらりと伺ってはおりましたが、この11月24日の日もTwitter上で、Skypeのチャットで、いつも通りお互いアホみたいなことばかりを書いておりました
時折エネルギー政策で、日本の安全保障で、iPhone4SのSiriについて、バカだのアホだの言いながら長いやり取りをしておりましたし、仕事の調子が悪いだとかiMacかMacBookProが欲しいだとかなど、どうでもいいことで朝までチャットの応酬をしてみたりしていたのですが、彼の死は突然のことだったようで、せめて最後にお別れを言うこともできなかったのがとても悔しくてなりません
IT(というよりICTと呼ぶべきですが)は時間と距離の概念を越えると常々申し上げております
かつて私の大好きなガンダムでは、ミノフスキー粒子という電波を邪魔する粒子のせいでロクに通信できないはずの敵同士が戦場でコミュニケーションを取れる能力というのがご都合主義的に使われ、その能力者のことを“ニュータイプ”と呼称しておりました
今まさに時代は技術革新に触れ、コミュニケーションのあり方も大きく変わっている真最中でありますが、自分の中でまさかこれほどにネットコミュニケーションの存在が大きくなっていたとは、という衝撃の体験を残して置きたいと思ったのか、はたまたどこかで湘南ゆうじろう氏のことを記録として残して置きたかったのか、どうも気持ちの整理がついていないまま文章を書くのは嫌だったのですが、そのどちらも大切なことだったと思い敢えて乱文を残すことにいたしました
「最近の若者はパソコンや携帯やスマートフォンに向かってピコピコしていて何考えてるのかわからない。」
とバッサリ言い切る方々も多くいらっしゃるかと思いますが、彼らが端末を触る向こう側には人がいて、その人との交流を楽しんでいると思っていただければどうでしょう?
時間と距離の概念をふっ飛ばして大勢の人と同時に膨大な量のコミュニケーションをしているとは考えられませんか?
そういう道具を見事に使いこなし、多くの人とコミュニケーションが取れる能力保持者、まさに“ニュータイプ”なわけです
昨日のお通夜、本日の葬儀、愛知県から車を飛ばせば5時間もあれば到着する場所で行われるので行こうと思えば行けたのですが、どうしても彼の死を自分の中で確定したくなくて、彼の残したログやツイキャスの録画などからも目を背けてきました
今朝、ご遺族の方のご理解の元、彼のiPhoneから最後のツイキャス中継が行われておりました
そこに映し出された彼の遺影、そして出棺の様子を見て、ちゃんとお別れをしなくてはとMacの画面に向かい手を合わせさせていただきました
生中継の威力って絶大ですね、それまで受け入れられず逃げ続けていた現実がまさに絵になって伝わってくると否が応でも認めざるを得ません
きっとこういう機会がなければこういった自分の気持ちにも整理が付けられなかったと思います
エヴァンゲリオンのシンジ君が逃げちゃ駄目だと繰り返していたように、自分自身も逃げていちゃダメなんだとつくづく感じました
撮影の許可を出していただき、また彼の遺品であり、彼の愛したSiriさんが居るiPhoneを貸し出してくださったご遺族の方々、並びに現場からゆうじのアカウントにて生中継ができるように提案していただいたり、生中継をしていただいた方々に改めてお礼申し上げます
どんなに技術が進化しても、死んだ人間とコミュニケーションを取れる技術なんてありません
ネット上でもリアルなコミュニケーションでも、人が死ぬということは同意義語だという当たり前のことを改めて思い知りました
この記事を読まれた方がコミュニケーションはリアルだ、いやネットの時代だなどという不毛な議論を続けるのではなく、このことに思い至っていただいて、日頃からのコミュニケーションに役立てていただければと思い文章を書きました
そして最後になりますが
さようなら、湘南ゆうじろう
SNS講座などでは語られない「スルー力!」
TwitterやFacebookなどの講演会は多いことと思う
限られた時間の中で語れることは限られる、当然明と暗があるのだが明の部分を強調せざるを得ないのは時間的にも望まれていること的にもそうなってしまうのだろう
だがしかし、IT(ICT)とはかつてより申し上げている通り、時間と距離の概念を飛び越えたコミュニケーションを可能にする道具である
それだけ濃密な交流ができるので猛烈に好きになる人もいれば猛烈に嫌いになる人だっているわけだ
かつて全盛期を誇ったmixiで起こった「ミク疲れ」なる現象がそれに値するだろうし、ぼちぼち「いいね!疲れ」を感じている人も多いのではないだろうか?
基本的にコミュニケーションというのはこちらが投げかけたことに対し、適切に適当に反応があって初めて成立するものである
それは現実社会でも仮想現実社会でも同じこと
しかしネット上では時にこちらの意図しない読み解かれ方をして変な反応が返ってくることがある
それの対応に苦慮することが多いと人は疲れるのである
文字数が少なかったり、本来自分という人間を知っている人であれば冗談で済まされるようなことを、見も知らぬ第三者から揚げ足を取られるかのように反応されると戸惑ってしまうのもわからなくもない
こういう時はスルーでいいんです
そこで変にその人に対し説明しようだとか理解してもらおうとするから疲れるんです
時間と距離を越えて、は結構なんですが全てを越えて自分の意見だけを言われてもそれはコミュニケーションではないので反応しなければいいのですが、なぜだか全部に反応しなきゃいけないみたいな雰囲気が「疲れ」を引き起こすわけです
Twitterなどでは適当にそれができている人も、Facebookとなると「商売のため!」と思っているから妙に接客精神が出てしまい、この「疲れ」を発症することが多い傾向にあると思います
一度こじれた関係は修復できません、それは見知っているはずの人同士でもそうなのに、ましてや時間と距離の概念を飛び越えた人物像のわからぬ同士では手打ちのしようもないのです
だからスルーでいいんです
ネットで一番必要なのはスルー力!
さて、さらにコトが進行しますと「炎上」というようなコトが起こる場合があります
そしてブログ閉鎖、Facebook退会、Twitterアカウント削除などなどの事象に至るとインターネットなんてってなると思うのですが、個人的にはこの「炎上」を「おいしい」と思えないとインターネットで商売をするのは難しいと思うのです
良かれ悪かれ、知名度が上がるのはいいことです、それに興味を持って見に来る人達はかなり中立な状態で見に来ます
真面目に商売をしていれば「本当に言われてる通りなのだろうか?」と疑問を持つことになります
普通に考えて、自分の顔と名前を売るのにどれだけの期間と費用が必要かを考えれば、炎上とはそれらのコスト一切いらずに知名度を上げてくれるわけですから、感謝してもしきれないと思わなければ商売はできないわけです
かつて青汁がまずい!と言われて売れたように、ウリを悪名と考えれば悪くない、そう思えることが必要なのかと思うのです
なのでどういう形でも自分からみて「コミュニケーションを望んでいる」と思われる人とはコミュニケーションを取ればいいですし、そうでないと思えばスルーすればいいんです
所詮道具ですから、どうやって使うのかは自分次第です
接客ツールに使うのであれば接客をすればいいですし、同じ会の仲間達と交流を深めるであれば交流を深めればいいですし、新しい人と出会いたいのであればそのように使えばいいのです
ただしそこには現実社会ではありえない近接したコミュニケーションがあるということをお忘れなきように
iPhone4SにAI機能が付いたことへの評価
ライバルOSがAndroidと名前を付けていながら、それを逆手に取ってiPhoneが先に「アンドロイド」を作ってしまったという
そういう意味でも笑うところかも知れないが、実際にこのAI機能搭載の意味は大きい
これはAppleがスマートフォンの形を提示したという演出なのだから
そもそもよく聞かれることに「スマートフォンって便利?」とか「スマートフォンって何?」みたいなこと
そう、世の中の人口のほとんどの人はスマートフォンなんて必要ない人ばかりなのだ
それなのにブームになったから興味を示したり、スマートフォンを使わなきゃ時代に遅れると思ったり、いろんな動機でスマートフォンだらけになったこの世界
元々携帯販売店を経営していた私にはよくわかる、携帯業界は特に一方向に流れ始めたらその流れが絶対的になる業界なのだ
機種と色、このブームにどれだけのメーカーが泣かされ、どれだけの機種が大赤字在庫処分をしたことか
話がそれるところでした、つまりはほとんどの人は今まだ現状のスマートフォンなど使いこなせる状況にないことだけは確かなのだ
ではスマートフォンとは何か?
毎回書いていることなので過去記事読んでいただく前提にて割愛したいところだが、つまりは持ち歩ける情報管理端末ということだ
写真や映像や音声などのデータを収集、発信する道具であり、持ち歩いているのでスケジュールを管理するツールでもあり、さっと検索したいなどの情報検索ツールでもあり、動画や歌を聞いたりゲームをしたりして時間つぶしをしたり、TwitterやFacebookなどで交流を深めたり、地図を確認したり
これらを大まかな言葉で表せば「秘書機能」と言えないだろうか? ということなのです
だから今回、Siriの音声認識や気の利いた切り返しなどが話題になってますが、そんなことはただの「秘書」を演出しているだけであって、本質は
スマートフォンとは携帯秘書なんですよ!
っていうアピールをやらかしたってことです
これってものすごいことですよ、スマートフォンってなに?って思っている人から、スマートフォンを使いこなしているはずなのにいつのまにかスペックばかりを追ってしまいがちなマニア層にまで、すべてにスマートフォンの定義をしてしまったんですから
データ作成や入力などはPCやタブレットでやってください、スマートフォンはそれらすべての管理をし、提案までするだろう秘書になりますよっていう宣言の端末なのです
ところが、液晶が小さいだとか、今更デュアルコアなのかとか、どうでもいいことでがっかりしちゃってますよね
そこが製品の本質ではないのに です
さて、周囲のスマートフォンを見回してください
iPhone4S以外にそういう機能の付いた端末はありますか?
実はあります、端末というかサービスですが、今はガラケーと呼ばれ、まさに絶滅危惧種になってしまっているドコモの携帯にはiコンシェルというサービスがありました
通勤路が渋滞であれば渋滞ですよと教えてくれて、電車だったらダイヤの乱れなどを教えてくれて、雨降るかもと傘持っていくように教えてくれた羊の執事
演出がちょっとヘタだったのかな?
ドコモのCMには堀北真希さんだとか渡辺謙さんだとかがまさに擬人化で執事としてユーザーをサポートしているのに、端末メーカーではないのでそこまでの機能を実装し、トータルサービスとして展開できていなかったのが残念なところですね
日本人としてちょっと残念に思う次第です
いつまでたってもスマートフォンは電話なの?という環境では仕方ないかもしれません
日本が遅れているとか、日本人がダメなんじゃないんです、スティーブ・ジョブズがすごい人なんです、だってこういうITと呼ばれるモノを創りだした人なんだもん
ああいう人が次現れるかどうかわかりませんが、どこの国でも構いません、どうせ時間と距離を超えるのがITですから、ただそれを感じて活用できる経営者は日本にもっと必要なのかと思います
そういう意味で、経営者の皆様に改めて問います
スマートフォンってなんですか?
いろいろ使ってみた感想を今度お酒飲みながらお聞かせいただければと思います
インフラとしてのIT(ICT)
そもそも自分の専門は何かと問われると難しいのですが
IT(ICT)と言ってもその活用方法や使う方々にとってそれはもうまったく違うモノであります
個人的にはITと物流と地域振興という大名目と、コミュニケーションの変化などという少名目が個人的には専門の分野であると自認しておりまして、インターネットを使った広告告知などはあまり主たる業務ではなかったりするのですが、どうしてもIT活用というとこういう広告告知手段としての活用を求められるのでご提案をさせていただくこともしばしばなのです
コミュニケーションの変化などはこのブログでも度々SNS論などとして発露しているので今回は大名目の方となりますが、つまりインフラとしてのITということです
なんのことはない、電話がそうです、電波を使ったテレビやラジオがそうです、通信技術の発展はつまり人間の行動範囲の広がりを意味します
当然情報だけが広がっても人間の行動範囲は広がりません、道路を整備し、乗り物の進化によりその行動範囲は物理的にも広がらなければなりません
わかったような、わからないような、そんなお話が実は専門であったりします
なぜかと言えば私、出身が工業高校の電子化という、通信技術を勉強する科出身でして、狼煙や伝書鳩の時代からというのは大げさですが、通信技術の勉強をしていたわけです
しかし当時はなぜパソコンと通信技術を同時に教えているのか、まったく不明でした
当時から情報処理という言葉はありましたが、まだ電話線にカプラーやモデムを接続しないとパソコンで通信などできない時代です
携帯電話だってとても携帯できるような大きさではないように思える代物でしたし、無線機などそれこそ高校生には高級品すぎてとても手にできる物ではありませんでした
個人的に勝手に「蓄積された情報を自動処理するのに優れているからパソコンが情報処理という分野なんだ」と勝手に思っておりましたが、その後自衛隊に行き、司令部内にてパソコンが普通に通信回線とつながって動いている場所にいるとあっさり自分の勝手な思い込みが間違いであることに気付くわけです
ちょうどその頃、世の中ではパソコン通信なるものが流行しておりました
今のインターネットと比べると比較にならないくらいの人口で、通信速度で、しかしやり取りされている内容の濃さから一気にその魅力にとりつかれたわけです
まだ通信費用も高価であったこと、知識層の楽しみであったことなどもあり、無駄な雑談や冗談を投稿できるような雰囲気ではありませんが、そこには確実に知識が詰まっている、まさに通信回線による距離と時間の概念を越えた情報集積とその集積された知識の検索、収集ということを体感したわけで、あの感動は今でも忘れられない出来事です
携帯電話の普及、これも大革命を起こしました
とくに個人的には携帯電話の販売にて独立もしたので思い入れも強いのですが、青春時代に電話を個人で持つということの意味は男女関係の進展に非常に重要なことであり、それまでポケベルに必死で数字でやり取りしていたのが普通に会話ができるようになったわけです
しかし、男女関係の発展に物凄く有利に働くはずだった携帯電話が普及した世代の結婚率は上がりませんでした、というか私もそれを引き上げていない一人なのでここは自粛いたします
ただ今までは家が常設していた通信インフラがついに個人の手に渡った、感動の瞬間でもあります
携帯電話の普及後、インターネットが始まります
インターネット初期などはパソコン通信の比ではないくらいにしょぼいモノでした
しかし携帯電話にて通信インフラは個の時代を迎えています、当然インターネットでも個の時代が始まるわけです
個人ホームページ+無料掲示板という全盛期がやってきて、大規模オンラインゲームサービス開始、ブログブーム、インターネット通販ブーム、SNSブームまさにITと言えばインターネットのことを指すほど現在の通信技術の主役はインターネットであります
ではそのインターネットってなんだ?ということです
10年前ならこの題名だけで2時間の講演が大盛況でした
インターネットというのは今までの通信技術の総合格闘技みたいなモノなので、人によっては連絡手段であるし、人によっては報告手段であるし、人によっては広告手段であるし、人によってはテレビや新聞の代わりであり、人によってはなくてはならない集計道具でもあるのです
わかったようなわからないような ですよね
文字も画像も音声も映像も何でも送れちゃう魔法の通信技術
そして今まさにスマートフォンとタブレットPCの時代がやってきました
先日Appleが始めたiCloudというサービスはこれらスマートフォンやタブレットやノートパソコンやディスクトップパソコンを見事につないでしまう個人が使える魔法の通信技術です
今はまだ対応アプリケーションが少ないので???と思っているかも知れません
Apple製品ではなくWindowsパソコンをお使いの方も多いのでそこまで便利ではないかも知れませんが、今まであったクラウドというサービスの集大成になるサービスの開始です
私が高校生時代、パソコンがまさか通信技術につないで使うモノだと思いもしなかったように、まだピンと来ない方も多いかと思いますが、スマートフォン、タブレット、ノートパソコン、ディスクトップパソコンなどは繋がれて共有しあって初めて効果を発揮するツールの集合体なわけです
スマートフォンが情報を収集し、また速報を眺めるツールであり、タブレットは持ち出し方情報分析であり、共有ツールであり、ノートパソコンは前線にて機動性を発揮するヘッドクォーターであり、ディスクトップパソコンはそれらの集積地である大規模集積装置であり、さらには高性能を生かした処理工場でもあるわけです
これらが無条件で繋がり個性を発揮してこそ意味がある
ちょっと熱くなりすぎましたので話を元に戻しますね
とある村が農業製品を道の駅で販売することになりました
当然村はお年寄りばかりですが、販売速報は必要となります、売れてなくなっていたら補充しなければならないし、売れてない場合は値段を下げなければ死活問題だからです
最初はFAXでリクエストがあった時に送るようなCTIシステムを使いました
しばらくしてパソコンを導入してもらい、インターネットで集計を見られる画面を作りました
そして今は?
驚いたことにiPadで集計画面を見ているそうです
お爺ちゃんお婆ちゃんにしてみたら「パソコンよりわかりやすい」ということで大好評だそうです
また、医療機器としてのスマートフォン活用事例もあります、もしもの時にはこのボタンを押してくださいということで、そのボタンを押すと救急車が飛んでくるようなシステムを用意している自治体もあります
情報だけでは価値がない、そこに物流(救急車は物流と呼んでいいのかわかりませんが)が絡んでお金が発生して初めて意味を持つ
言葉の意味は難しいかも知れませんが、情報技術の進化と共に生活も変化しているわけで、これらのことをスムーズに提案し、普及させていくのが実は本業だったりするわけです
今じゃド田舎に住んでいたって本土に住んでいればAmazonが届けてくれますよね?
これもITと物流と決済機能のおかげです、だから田舎暮らしでも都会と同じ商品が同じ価格で買えるわけです
まさにインフラとしてのITですね
ちょっと長くなりましたが、こんなことを提案したりお話したりして、結局お金になるのはホームページの改変だとかそこら辺の作業費しかないという、わけのわからない商売をしているわけです
ご興味の有る方は講師料の発生する講演会にでも呼んでいただけると生活費の足しになって嬉しい限りです
iPhone4Sの発表よりもiCloud、iOS5の発表を注視せよ!
iPhone4Sに失望したとかなんとか、いろんなツイートなりFacebookのコメントなりブログの記事なりを見ますが
勘違いしちゃいませんか?
スマートフォンなんてこれから来るiCloud環境下での速報受発信のための道具でしかないんですよ?
そのためにその速報機能の強化としてのカメラ機能強化であろう
デュアルコア化は電池の持ちなどからしても本領を発揮できるのか?とか、液晶が変わらなかったことへの失望などどうでもいいわけだ
ということで、Appleの発表の目玉は新端末ではなくiCloudであり、iOS5であるということをご理解していただきたい
iOS5にてスマートフォンの枠組みがどう変わるのか、さらにiCloudの活用により今までのなんちゃってクラウド環境から一気に共有環境が広がるわけで、それがどれくらい使い勝手のいいものなのか
料金プランとか通信環境などでSoftBankかauかというところに話題が集中しがちだが、どこが発売していくらでサービスを提供するか、なんてことは時間をかければ平均化されるんだから大きな問題ではないのだよ
事前に5はWiMAXが使えるかも?という噂が出ていたが、もしWiMAX搭載型でテザリング機能もあるならばもう最強の持ち歩き飛び道具になること間違い無し
ちなみに、ですが
何か表にした方がわかりやすいんですが、面倒なんで言葉で書きます
・スマートフォン 速報性重視端末 スケジュール入力や確認、カメラでの撮影、音声通話などに便利 ここにWiMAXのテザリング機能が付けばポケットWi-Fiすら食える
・タブレット 視認性・その場での共有重視端末 手書きアプリなどで打ち合わせ中の共有化、小規模なプレゼンなどでも有効 画面の大きさから情報量が多く、ブラウジングなどにも使える
・ノートPC 持ち歩き用母艦、空母と読んでもいい スマートフォンから飛んできた写真や動画やメモなどを整理し、統合的にまとめるためのツール 機動性を活かせる
・デスクトップPC 港 膨大なデータの蓄積や動画編集、画像編集などという負荷のかかる処理用端末 大きな画面とパワーで作業さくさく!
これらを繋ぐのがiCloudというわけだ
ってことで、12日を楽しみにしながらiPhoneについてはiOS5にしてみて使い勝手を確認してから機種変更を考えるとしよう
インターネットだからこそ地域利用の時代だ
ちょっと前の記事にて、日本人のインターネット観みたいなお話をさせていただいておりますが
インターネット=新しい可能性、未知の世界 みたいな構図になっているとわかりにくいのですが、実際にはインターネット上というのはそれぞれにコミュニケーションを取り上がる小さなグループというのを作りたがります
例えば同年代、例えば趣味、例えば好きな映画とかアニメ、ということで検索をしていって、そこでコミュニケーションを取る
SNSサービスなんかも本来はそういった小さい集まりを有効に便利に使うためのシロモノでしたが、広告収益モデルを標榜し、ユーザー数を増やすことでそれを実行するという矛盾するサービスになって以来、混迷を続けているように思えるわけです
IT(本来はICTと呼ぶべき)技術というのは、時間と距離の概念を飛び越える技術であります、また一方にて、その時間と距離の概念をわざわざ浪費して会いたいと思わせる物でもあります
しかしできれば時間と距離を飛び越えるためには費用が発生するわけで、近場の方がいいだろうという概念も存在しているわけです
回りくどく書きましたが、近場のコミュニケーションとして、これを活用しない手はないということ
つまり地域のネットワーク作りにとってとても便利な道具であるということです
かつては「ご近所さんをさがせ!」というサービスがありました、mixiやFacebookなどのSNSサービスでは地域情報を入れることで検索できるようになっております、Twitterなどでもハッシュタグにて #komaki #小牧市 なる地域ハッシュタグが機能し始めております
インターネットの世界は広大である反面、だれでも情報発信ができるわけですが、世界中相手に有益な情報を流せる人間など一握りなわけです
◯◯のスーパーで特売やってたよ!
◯◯のお店のランチは美味しいよ!
などという地域密着型の情報提供ならだれでもできて非常に利便性が高いわけです
しかしそれらに特化したサービスはあるのか?
ちょっと深く考えてみたいと思います
台風にはコロッケ これがわからない人にはネットで商売はできない
台風シーズンとなってまいりまして、ネット上で「コロッケ!」という文字が踊るのを見る機会があるかと思います
台風とコロッケ、まったく結びつかないこのキーワードが、しかしネットでは時に出会い、そして盛り上がり、祭りとなるから不思議なのです
元ネタは2chのニュース速報板だったかと記憶しておりますが、台風が来るというニュースの中で「コロッケを買って来た」という書き込みから始まりました
それまでは台風の進路や規模などに集中していたログが一気にコロッケ一色になり、コロッケ祭りが起こったのです
たったそれだけのことなのですが、その後も台風が来る度にコロッケが食べたくなるという現象を引き起こし、10年経った今でも台風にはコロッケとリンクされている人が少なからずいるわけです
また10年前にこの祭りに参加していた人間がネット上で台風が来たらコロッケと書くとなんで?と思う人が出てきてさらに祭りは継承され、そして今でも細々ながら台風にはコロッケという風物詩が出来上がっているわけです
インターネットを利用して自社製品を売り出したい と思っている方は多いでしょうが、こういうネット上でのブームの成り立ちを知らないとなかなか難しいということが少しはご理解いただけたでしょうか?
ただ自社の商品の名前やリンクを飛ばすだけはスパム扱いなんです
大手企業さんがどこかの広告代理店さんに言われるがまま?もしくは社内の企画不足なのか?わからないスパムをネットで垂れ流して
「ネットでは広告効果がない」
なんて勝手に結論付けるのは勝手ですが、本当に勿体無い使い方しかしてないことにいい加減気付けばいいなと
そのために台風が来たらとにかくTwitterでもFacebookでも結構です、コロッケ!と叫んでみてはいかがでしょうか?
